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 NEC(日本電気株式会社)の歴史

NEC(日本電気株式会社)の歴史
1854年  日本(江戸幕府)とアメリカ合衆国は、日米和親条約(別名 神奈川条約)を締結します。
江戸幕府が200年以上続けてきた鎖国政策を止め、開国に踏み切った時の条約です。 アメリカ側の代表は黒船を率いてきた東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーさん、日本側の代表は林 復斎さんです。
条約の内容は、アメリカ船に、薪・水・食料・石炭などを供給するために
「下田」「函館」を開港することや、漂流民の救助・引き渡し、片務的最恵国待遇※1(日本側のみアメリカ側を最恵国待遇として扱うという事)などの12条からなります。 この1850年代から日本には欧米先進国の技術が多く入ってくると共に、外国と不平等条約※2(1858年の安政の五カ国条約※3 など)を結んでいく事となります。
 
1880年頃〜 アメリカのWE社(ウェスタン・エレクトロニック社 現 フランス アルカテル・ルーセント社日本アルカテルルーセント社 外部リンク)は、電話事業をアメリカ国内、海外(ベルギー・イギリス・フランス・ドイツ)で展開してました。
 
1894年 日本とイギリスは日英通商航海条約を調印します。
条約の内容は、1850年頃から結ばれはじめた不平等条約の改正になります。改正内容は領事裁判権の廃止・最恵国条項の双務化・関税自主権の一部回復などです。また条約には、外国国籍を持つ方や外国資本※4に対して日本の内地を開放するという項目が含まれていました(日本の内地開放を代償として領事裁判権などを廃止してもらいます)。
以降、同じ内容の条約をアメリカ(日米通商航海条約)、フランス、ドイツ、ロシア、オランダ、イタリアなど14カ国とも調印します。 条約の実施期は5年後の1899年に決まります。 ※条約実施日以前は横浜・函館などの開港場のみ外国人の活動が認められていました。   
 
1896年 日本では、日本の逓信省※5が、電話事業の需要が増大してきた為、第一次電話拡張計画を建てます。この計画に必要な電話設備は国内で不足しており、海外からの電話設備の輸入も必要でした。 その為、逓信省はWE社から電話設備機器等の導入をします。
 
1897年 WE社は日本市場に関心を持ち、本格的に日本市場に進出する為、同社のW.T.カールトンさんを日本に派遣します。そして、彼は横浜(開港場)で以下の活動を行います。
@日本での電話事業の調査。
A条約が改正され、外国国籍を持つ方や外国資本が日本の内地に入る事が認められる1899年までに、日本で信頼できるパートナーを探しておく事。
BWE社の製品の開港場での受け入れ作業。
 
Aで信頼できるパートナーとして候補に上がったのは、当時電話機器で圧倒的なシェアを占めていた日本メーカー 沖電気工場(現 沖電気工業株式会社外部リンク) でした。当時、個人で輸入商を営んいた岩垂邦彦さんの仲介の元、カールトンさんは沖電機工場と交渉する事になります。しかし、沖電機は日本初の電子通信機器メーカーとしての地位があった事 と 外国資本と合併して会社をつくるという事は国内では前例がなかった事があり、カールトンさんは幾度か交渉するも、沖電気は難色を示していました。最後の沖電機との交渉が失敗に終わった時の帰り道、仲介役をしてた岩垂さんは、カールトンさんに、「三吉電気工場※6を安く購入できます。私が三吉電機工場を買収し、WE社と提携し経営しましょうか?」と提案します。カールトンさんは予想外の事に驚きますが、岩垂さんのこの提案に賛同する事にします。
 
1898年 岩垂さんは工場を譲り受け、友人の前田武四郎さんと 日本電気合資会社(日本電気株式会社の前身) を設立します。業務内容はWE社の製品(電話機・交換機)の輸入・販売 と 旧三吉電気工場での製品の製造です。 営業の基本方針は、前田さんの提案で「Better Products,Better Service」(より良い製品,より良いサービス)に決まります。これは日本電気が輸入・生産をする製品は一級品である事、アフターサービスまで責任をもって果たす事を約束するものでした。
 
1899年7月17日 日英通商航海条約、日米通商航海条約など14カ国と結んだ条約が施行されます。
外国国籍を持つ方や外国資本が日本の内地に入る事が公的に認められたこの日に、日本電気合資会社とWE社は協力して 日本初の外国資本との合併企業(日本初の外資系企業)
日本電気株式会社(日本電気・NEC) を設立します。 社長・副社長は存在せず、専務取締役※7に岩垂さん。取締役にカールトンさんが就任します。会社の株式所有は、カールトンさんを含むアメリカ国籍を持つ人々が216株(54パーセント)。岩垂さんを含む日本国籍を持つ人々が184株(46パーセント)所有します。

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※ 歴史上、重大な出来事があった箇所は緑色で表示しています。

※1  最恵国待遇とは、通商・関税・航海などで最も恵まれた待遇をされている外国(第三国)と同等の待遇を与える事。
片務的最恵国待遇とは、条約締結国の内どちらか一方の国だけ、もう一方の国を最恵国待遇として扱う事です。
 

※2  不平等条約とは、条約締結国が、互いに平等でなく、強国が一方的に利益を受ける条約の事です。
 

※3  安政五カ国条約とは、日米修好通商条約・日英修好通商条約・日仏修好通商条約・日露修好通商条約・日蘭修好通商条約の五ヶ国と結んだ条約の事を指します。この条約には
■ 外国側に領事裁判権を認める − 外国の方が日本国内で起こした事件は外国の領事が裁判するという事。
■ 日本の関税自主権の喪失 − 輸入品などにかける税金(関税)を自国で決められず、相手国と相談して決めなければならないという事。

  などの項目が含まれており、日本側に不平等といえる条約でした。
 

※4  外国資本(外国資本の会社)とは、株主が外国の方によって占められている会社の事を指します。
 

※5  逓信省(ていしんしょう)とは、過去に存在した省庁。、第一期は交通・通信・電気を幅広く管理(所管)する官庁。
第2期からは通信のみを管理する官庁になる。1949年廃止され、代わりに郵政省と電気通信省が新設される。
 

※6 白熱舎(現 東京芝浦電気株式会社)の初代社長 三吉正一 が設立した工場

※7 専務取締役とは、会社の業務を管理する取締役の事。
取締役(平取り)→常務取締役→専務取締役→副社長→社長→会長